はじめに
角膜(黒目)には透明なレンズとしての役割と眼球の壁としての2つの役割があります。こうした働きが損なわれ、点眼など保存的な治療では治すことが出来ないと判断されるとき角膜移植が必要になります。具体的には、角膜が様々な理由で混濁した時や歪んで乱視が強くなり正しく光を屈折しない状態、あるいは角膜に穴が空いてしまった場合の主に3つが考えられます。角膜の構造は目の表面から内側に向かって「上皮」、「実質」、「内皮」の3層に大別されます。一般に角膜移植と言うと、この3層全てを移植する全層角膜移植の事を示す場合がほとんどでした。角膜移植の原因疾患
現在、角膜移植の対象となりうる頻度の高い原因疾患は、(1)円錐角膜,(2)水疱性角膜症,(3)角膜炎後の混濁,(4)角膜変性症,などが挙げられます。斑状角膜変性症
角膜変性症は遺伝子の異常によって、角膜に異常な物質が蓄積することになって生じます。角膜変性症の種類によって、遺伝しやすいものとそうでないものとがあります。顆粒状角膜変性症,斑状角膜変性症,格子状角膜変性症などがあり,程度の差はありますが両眼性であることも特徴の1つです。 疾患によっては角膜移植後も再発が生じ,繰り返して角膜移植が必要となる場合があります。主要な角膜移植の種類
角膜移植は、主に表層のみを移植する「層状角膜移植」と、全層を移植する「全層角膜移植」、そして「角膜内皮移植」の3つに大別されます。層状角膜移植は、角膜の混濁が主に表層にのみある場合に行われ、全層角膜移植は混濁が全層に及んでいる場合に行われます。内皮細胞のみに障害がある場合は状態によって近年では角膜内皮手術が行われることが多くなってきました。層状角膜移植は、患者様の角膜内皮が温存されるため手術後に拒絶反応がおこる危険性が少なく、より安全性が高い方法と考えられています。しかし手術後に僅かな角膜の濁りが残ってしまうことがあり、視力は全層角膜移植よりやや劣る事が多いのが欠点です。更に最近、層状移植の欠点を少なくする方法として、「深層層状角膜移植」という方法も行われるようになりました。全層角膜移植
角膜は眼の表面から内側まで、大きく分けて「上皮」、「実質」、「内皮」の3つの層に分かれています。この3層全てを移植するのが全層角膜移植術です。全層角膜移植は100年ほどの歴史があり、最も古くから行われている、歴史のある術式です。角膜の実質と内皮の両方に異常がある疾患では、この方法で手術を行います。水疱性角膜症の一部や角膜移植後の再移植が、この方法の適応疾患となります。また、深層層状角膜移植術の適応疾患でも角膜内皮細胞数が少ない場合は全層角膜移植の適応となることがあります。全層角膜移植はナイロンの極めて細い縫合糸で角膜を縫うため、手術後の乱視が高度になったり、縫合糸に細菌等の感染が時に問題になることがあります。深層層状角膜移植(DALK)
これは、角膜の90%以上の厚みを取り除いてからドナー角膜を移植する方法で、従来の層状角膜移植よりも良い視力が期待出来ます。但し、0.5㎜程度しかない角膜を0.02㎜くらい残して削るため、技術的に大変難しく、手術中に残すべき患者様の角膜内皮とその基底膜であるデスメ膜に穴が開いてしまうことがあるのが欠点です。この場合には、やむを得ず全層角膜移植に変更されることがあります。また、内皮細胞が障害されている疾患の場合には、この深層層状角膜移植の適応にはなりません。内皮細胞に異常のない、円錐角膜や角膜炎後の角膜実質のみの混濁、角膜変性症などがこの方法の良い適応になります。全層角膜移植と異なり、患者様の内皮を温存することができるため、「内皮型拒絶反応」を回避できるという大きな利点があります。角膜内皮移植(DSAEK)
患者様の内皮細胞とデスメ膜(内皮細胞の基底膜)を取り除き、ドナー角膜の内皮と深層実質を移植する方法です。近年では敢えて患者様の内皮細胞とデスメ膜を除去しないで内皮移植をする方法も考案されています。移植されたドナー角膜は、眼の中に空気を入れてその浮力で患者様の角膜と接着させます。全層角膜移植や深層層状角膜移植と異なり、ドナー角膜を糸で縫わないことがこの内皮移植の大きな特徴です。そのため移植術後の乱視などが軽減されるという利点があります。角膜内皮細胞の機能が不良となり、角膜に浮腫をきたした状態、すなわち水疱性角膜症がこの手術の適応疾患になります。但し全ての水疱性角膜症の患者様にこの手術方法を行えるわけではありません。例えば水疱性角膜症を発症してから1年以上の長い時間が経過して、角膜実質に強い混濁が生じてしまった症例では、内皮移植では視力の改善が得られないため、全層角膜移植を選択せざるを得ません。拒絶反応について
拒絶反応とは、移植された他人の角膜を自らの組織から排除しようとする体の働きです。移植された角膜に様々な程度で炎症が生じます。角膜移植の場合は、手術後3~6ヶ月くらいしてから発症することが多いですが、1年以上経ってから発症することもあります。症状は、ぼやけて視力が低下するなどのことが多く、それ以外に目の充血や軽い痛みを伴うこともあります。拒絶反応の起こる確率は、原因となった眼疾患によっても変わりますが、角膜移植の約30%程度に起こる可能性があるとの報告もあります。角膜内に血管が入っていたり以前に角膜移植を受けていて再移植した場合には、通常よりも拒絶反応の危険性が高くなると考えられています。拒絶反応が起こった場合には、一刻も早く治療を始めることが重要で、角膜移植を受けた患者様には、角膜移植の後に視力低下など何らかの異常があった場合は、直ちに眼科の診察を受けるよう指導しています。 一般的には、拒絶反応の約3分の2は、点眼等の薬物治療によって治療することが出来ると考えられています。また、半数近くのケースは、点眼を自己の判断で中止したり、切れたり緩んだ糸をそのままに放っておいた症例であるという報告もあり、定期的な眼科主治医への通院を継続する事が大変重要と考えられます。さいごに
これまでは角膜移植のほとんどが全層角膜移植でしたが、近年は深層層状角膜移植や角膜内皮移植の占める割合が日本でも増加しています。とりわけ角膜内皮だけが障害されている場合には、新しい移植方法として角膜内皮のみを取り替える角膜内皮移植(DSAEK)が増加傾向です。全層角膜移植や層状角膜移植では角膜の縫合に髪の毛よりも細いナイロンの糸で慎重に縫合しますが、この内皮移植では移植した角膜を全く縫合せずに手術を終えることができるため、移植術後に乱視が軽減する大きな利点があります。もちろん全ての患者様にこの手術が行える訳ではありませんが、これまでの全層角膜移植に比べると視機能の点からも今後の発展が更に期待されています。静岡県内では、浜松医科大学附属病院眼科、順天堂大学医学部附属静岡病院、やなぎだ眼科医院など、角膜内皮移植を行う施設が増えています。角膜内皮移植には、献眼されたドナー角膜から内皮層のみを切除するために、ケラトームという特殊な機械による準備が必要です。静岡県アイバンクは新規にケラトームを購入し、角膜内皮移植に対応できる体制も考えています。